脳と心の統一理論「自由エネルギー原理」

自由エネルギー原理(Free energy principle)は、2006年にユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの神経学者 カール・フリンストン氏が提唱した脳科学の理論です。

「脳がどのように動き、心と言動が生じているのか?」を説明する史上初の統一理論として注目を集め、我が国でも理化学研究所や東京大学、京都大学、北海道大学などを中心に盛んな研究が繰り広げられています。

どんな神経回路も自由エネルギー原理に従っている

脳神経科学研究センターの磯村拓哉ユニットリーダーらの国際共同研究グループは、どのような神経回路も「自由エネルギー原理」に従っており、潜在的に統計的な推論を行っていることを数理解析により明らかにしました。脳は神経細胞の集まりです。脳では860億個もの神経細胞が回路を形成し、この神経回路に電気が流れることで情報処理が行われ、心が動いています。この神経回路が従っている原理が、「自由エネルギー原理」です。理化学研究所は、実際の脳に流れる電気的な状態が自由エネルギー原理によって導かれる数式によって表現可能であることを明らかにしました。自由エネルギー原理に基づいて、脳が動いているということは定説になりつつあります。(2022年1月4日 理化学研究所 脳科学研究センター)

“理化学研究所〜神経回路は潜在的な統計学者”

神経回路のダイナミクスとベイズ推論の概念図

神経回路のダイナミクスとベイズ推論の概念図

脳は生き残るために何をすべきかを予測する臓器

自由エネルギー原理は、脳は過去の経験と学習をもとに何をすべきかを計算によって予測する臓器であると主張しています。この脳の予測という一つのメカニズムによって、認知・行動・感情・学習・注意などのあらゆる脳と心の機能を統一的に説明できると自由エネルギー原理は主張しています。

脳の予測は、「ベイズの定理」と呼ばれる確率計算の組み合わせによって、最も確からしい仮説を選択するという形で実現しています。 脳は、主に3つの予測を行います。

自分が置かれている外の世界に対する予測

脳は体に入ってくる情報をもとに、身体の外の世界がどのようになっているのか?を予測します。五感に入ってくる情報は「外の世界全体」のうちの一部です。その一部の情報をもとに、脳は過去の経験と学習に照らして外の世界自体がどうなっているのか?を予測します。生き残るために適応しなければならない世界をより正確に知るために、脳は経験と学習を動員して外の世界をより正確に予測しようとしています。

目の錯覚のように、実際の色や形と別の色や形が見えたりするのは、脳が限られた情報をもとに無意識に予測した結果が意識に浮かび上がっているからだとされています。

図1

行動の予測

脳は、置かれている状況に対応するために何をすべきかの行動プランを推測します。脳は、過去の経験と学習をもとに、自分の身に付けた行動を組み合わせて、適応行動を実現しようとします。行動の予測は、「もし〜だったら、◯◯を行う」という反実仮想の形で創造されます。反実仮想の形で複数の予測候補を有していることによって、状況の変化に応じて、速やかに行動を調整できるのです。

図2

外部世界に対する予測をもとに、適応行動を予測。適応行動は、過去の経験と学習を組み合わせて生成される。例:傘がない原始時代なら傘をさすという選択肢は浮かばない。本人が意識していないものも含めた複数の予測を脳は有しいる。一つ一つの予測は反実仮想の形で生成されており、状況の変化に応じて行動は柔軟に変化する。

臓器のエネルギー配分の予測

脳は、状況に応じた適応行動を実現するために、筋肉や感覚器官、血流、呼吸数、消化器官などの各種臓器がどれぐらい活発に動くべきかを計算し、身体予算管理部門とされる自律神経や内分泌系を介してその調整を行います。今が戦わないといけない時なら自律神経が活発化し、心拍数・呼吸数が上がり、消化管の動きは抑えられ、戦うために全身の筋肉を素早く力強く動かす準備をしています。

図3

感情とは、脳が身体の状態を言語化したもの

脳科学は、感情にどのように迫っているのでしょうか?ハーバード大学の法・脳・行動研究センターの最高科学責任者を務めるリサ・フェルドマン・バレッド氏は、構成主義的情動理論を提唱しています。構成主義的情動理論もまた、「脳は予測する臓器」という自由エネルギー原理と同様の理解に基づいています。

構成主義的情動理論は、脳には喜怒哀楽などのそれぞれの感情に対応した脳の部位があるという従来の脳の理解を否定します。感情は、生理的に生成される「気分」後天的に獲得される「言葉」という二つの要素によって生成されると主張します。

気分=臓器のエネルギー調整の要約

先に述べたように身体のエネルギー調整は、自律神経や内分泌系(ホルモン:コルチゾール、サイロキシン、性ホルモン、セロトニン、ドーパミンなど)を介して行われます。自律神経や内分泌系の変動は気分(快/不快、覚醒/落ち着きの二軸からなる単純な感情)を創り出します。これらを脳科学では感情価と呼び、感情のもとになることが知られています。

図4

感情=気分を置かれている文脈に合わせて説明したもの

人は「置かれている状況に対応する」という文脈の中に常に生きています。この「文脈」と身体の状態の要約である「気分」を統合する時に、もっともこの状況を説明できる「感情」が脳により予測され、感情が生成されます。このとき予測される感情とは、言葉として後天的に獲得した「情動概念」の中から選択されます。

感情とは、獲得し体得するもの

ベストセラーとなった「ケーキの切れない非行少年たち(2019年新潮新書)」には、作者であり児童精神科医である宮口氏が、少年院で勤務する中で出会った非行少年達のことが描かれています。宮口氏は、すぐにキレる少年たちの語彙が極めて少なく、「イライラする」という感情以外を経験できていないことに気付きます。様々な感情を使いこなせるようになる経験を有してこなかった少年たちに、様々な感情を教え経験させることで、彼らの脳が学習した感情を使いこなせるようになることで、心が成長する姿が描かれています。

図5

例えば、大切なものをなくしてしまうと、不快な気分には生理的になるが、この時にどの感情を経験するかは人によって異なる。ある人は、また不運なことが起きたことにイライラし、ある人は悲しみ、ある人はそういう自分に反省する。この時選択される感情は、その人がどんな感情を獲得して使いこなせることができたか依拠する。イライラするしか、感情を使いこなせなければ、脳の感情の予測はいつもイライラするになってしまう。感情を教え、トレーニングすることで、脳が生成する感情を変化させることができる。

感情とは、その言葉を学習し、実際にその感情を経験することによってその人の心の一部となります。感情は後天的に獲得するものなのです。

このように、経験と学習に基づく脳の予測が心を動かしています。

脳科学の理解についてより詳細をお知りになりたい方は、下記の別頁をご覧ください。

弊社は、自由エネルギー原理と構成主義的情動理論をもとに、一人一人の事実(言動・環境・経験)を分析して、その人の脳が心をどのように動かしているかの蓋然性の高い仮説を導き出すスキームである「心の成長アセスメント」を開発しました。

アセスメントとは、何を意味しているのか?につきまして、次頁をご覧ください。

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