脳とは、いかなる臓器なのか?

脳科学について、より詳しくご覧になりたい方に向けて記載しております。

弊社が活用する脳科学の理論である「自由エネルギー原理」について数式を排した形で、包括的な説明を行なっております。本ページによって、自由エネルギー原理について、多くの方に知っていただく機会づくりに貢献できましたら幸いです。

また、関連する重要な理論である「構成主義的情動理論」についても記載しております。

脳と心についての革新的な理解を、お楽しみ下さい。

  1. 脳は複雑系
  2. 臓器としての脳
  3. 自由エネルギー原理の常道アプローチ
  4. ⅰ)両眼視野闘争
    ⅱ)予測誤差最小化

  5. 自由エネルギー原理の王道アプローチ
  6. ⅰ)気分とは何か?
    ⅱ)感情は後天的に獲得するもの

  7. 感情とは何か?
  8. すべての神経回路は自由エネルギー原理に従っている

1)脳は複雑系

脳は、神経細胞の塊です。人間の脳には、大脳に約160億個、小脳に690億個と合計850億個ほどの神経細胞が存在しています。神経細胞同士は、シナプスと呼ばれる接点で連携し、複雑なネットワークを形成しています。一つの神経細胞は、およそ1万個のシナプスを有しており、単純計算で人間の脳には500兆個のシナプス(神経間の結び付き)が存在していることになります。

さらに、神経細胞の折り為す電気的なパターンは、さすがに2の850億乗という単純な計算とはならないものの、天文学的な数値となることは言うまでもありません。宇宙が誕生してから今までの138億年の全てを費やしても、つまり宇宙で何かが起こる最小の時間=プランク時間ごとに別のパターンを試し続けても、一人の人間の脳が取りうる電気的なパターンの1%も試すことができないほどの無限の可能性を脳は有しています。しかし、脳の動きは無秩序に発散するのではなく、一定の秩序を形成し、私たちの生存に資する行動を生み出し、私たちに人格とも呼べる心のまとまりを提供しています。このように、無限のパターンの可能性を有しながらも、一定の秩序を形成するシステムのことを非エルゴード系といいます。

心とは、脳という非エルゴード系の産物と言えます。

2)臓器としての脳

では、実際の脳の電気的なパターンは、どのように制御されているのでしょうか?それは、脳の外部から入力される感覚情報をどのように処理しているのか?という問いに直結します。さらに、この情報処理によって生み出される出力(運動神経・自律神経・内分泌系)が、生体を生存に有利に導くように制御されていなければなりません。すなわち、脳とは臓器の一つであり、臓器である以上、その生命が生き残るために役に立たないといけないのです。

2006年にUniversity College Londonの神経学者Karl.Frinstonが提唱以来、

・知覚や言動、情動などの心の現象の数式化(常道アプローチ)
・外部環境に対する生体の適応反応の数式化(王道アプローチ)

が、同じ「自由エネルギーを最小化する数式」に収束することが示されたことで、自由エネルギー原理は、脳と心の統一理論としての地位を揺るぎないものにしています。

3)自由エネルギー原理の常道アプローチ

両眼視野闘争
脳は、入力された情報を処理(計算)することで、外部世界がどのようになっているのかを予測しています。入力される情報は、外の世界の一部であり、その一部から全体がどのようになっているのか?を予測するという特性を有しています。

この予測は、脳が外の世界に対していくつかの「仮説」を有していて、それらの仮説からどれが最も確からしいかを、確率計算することによって選択するという過程によって実現します。
脳の確率計算の様子を如実に示す有名な例を以下に示します。

普段、視覚は左右の眼で同じ対象を見ています。この両眼視野闘争と呼ばれる実験では、右眼と左眼に別々の視覚情報が入ってきた時に、被験者の視覚にどのような絵が映るかを検証しました。
双眼鏡のように、左右それぞれの目が筒状のレンズを見ていると想定してください。左眼と右眼のレンズの先には別々のスクリーンが映っています。下の図のような状態を想定してください。

両眼視野闘争

この時、左眼と右眼にそれぞれ①と②の情報が一斉に映し出されるとします。

右と左の絵

この場合に、被験者は、どのような視覚体験をするでしょうか?

右と左

なんと、被験者は、数秒ごとに家と顔が移り変わって見えるという奇妙な経験をすることが明らかになったのです。

左眼・右眼に入ってくる情報は、家そのものでも顔そのものでもありません。しかし、実際には家が見えたり、顔が見えたりする。しかも、意識していないのに数秒後には家から顔に、顔から家にと入れ替わって見えるのです。

この奇妙な現象は、脳が入ってくる情報をどのように処理しているのかを象徴しています。脳は、左右の眼から入ってくる別々の情報をもとに、外の世界は実際どうなっているのか?を予測したのです。
脳は、左右の眼からの情報をもとに、外の世界の仮説として、4つの候補を立てます。

外の世界の仮説

①は左眼への入力情報、②は右眼への入力情報、③は①と②の家の要素を足してできあがる家、④は①と②の顔の要素を足してできあがる顔です。

脳は、まず①〜④が現実世界に実際に存在しそうかどうか?比較します。このことを、事前確率と呼びます。顔の半分と家の半分がつながっているなんて状態は、現実には存在しないので、①と②は③と④と比較して著しく事前確率が低い。そのため、脳は外の世界は、①と②ではなく、③か④であるだろうと判断します。

次に、選んだ仮説が入力される情報を説明できているか?を検証します。これは仮説の尤もらしさ=尤度と呼ばれます。③(家)だと仮定すると、両眼から入っている家の要素を完全に説明することができますが、顔の要素を説明することはできません。なので、十分な尤度の高さとは言えません。そのため、脳はもっと十分に説明できる仮説を求めて④を選択するのですが、④は逆に顔の要素は説明して家の要素を無視しているので、③と同じ尤度しか満たすことができないのです。

脳は、③と④のどちらがより正確な仮説かを判断できないため、被験者は③と④が数秒ごと勝手に入れ替わるという奇妙な視覚経験をするわけです。
このように、事前確率と尤度を掛け合わせる確率計算のことをベイズ推定と呼びます。自由エネルギー原理は、ベイズ推定を基礎とする原理です。

ⅱ)予測誤差最小化
脳は、常に外部世界についてベイズ推定によって選択された仮説を有しています。ここに新たな感覚が入力されることで、この仮説は更新されます。

この時、もともと有している仮説と実際に入ってくる情報の差分のことを「サプライズ」と定義します。この新たな情報をもとに、脳は外の世界に対するより正確になるように仮説を更新します。この時、新たに修正された仮説ともともとの仮説の差分(更新の大きさ)を「ダイバージェンス」と呼びます。

この「サプライズ」と「ダイバージェンス」を足し合わせたものを「予測誤差」と定義します。この予測誤差こそが「自由エネルギー」と同等のものであり、自由エネルギー原理は、脳の情報処理はこの予測誤差(自由エネルギー)を最小化し続ける営みであると主張しています。

脳の情報処理はこの予測誤差

自由エネルギー原理は、この予測誤差最小化の過程によって、認知、行動、注意、学習、情動などの心のあらゆる現象を説明しています。京都大学名誉教授の乾敏郎氏は「知覚、運動、注意、思考、意思決定などの機能がどのようにして、⼀つの式から導き出される様々な関係式で説明できるかを解説する」理論であると述べています(「⾃由エネルギー原理ー環境と相即不離の主観理論ー」2019)。

4)王道アプローチ

王道アプローチは、生体が環境の変化にどのように適応するのか?を理論化することで実現されます。生体は、体内で無数の化学反応を連鎖されることで生体秩序を保っていますが、外部環境が変化すると(温度やPhの変化、化学物質との接触など)、生体の化学反応の起こり方に変化が起きてしまいます。その結果、化学反応の連鎖が崩れた場合、最悪の場合、死を迎えることになります。生体は、外部環境の変化という刺激に応じて、体内の秩序が保たれるための化学反応を、生体内で自分で生成しなければなりません。環境との調和を適切に行うことが、生命の生存条件となります。この生命の性質は、ホメオスタシスという言葉で知られています。

自由エネルギー原理では、生体の外部で起こる無数の環境の変化に対する、生体内で生じる反応がどのように対応しているのかを数学的に表現します。

これを実現したのが、Markov Branketと呼ばれる統計的構成概念です。

Markov Branket

Markov Branketでは、外部環境の状態に対して、生体(例えば脳)の内部状態がどのように変化するか?、もしくはその逆である内部状態の変化が外部環境にどのような影響を与えうるのか?を表現します。この時、外部環境は生体の内部状態全体に影響を与えるのではなく、その接点である感覚状態を介して間接的に影響を与えている、逆に生体は外部環境との接点において活動状態を変化させること(活動すること)で間接的に影響を与えているということになる。まさに、生体には感覚器官や運動器官があり、脳はこれらを介して外部環境に適応しているシステムと考えることできます。

外部環境の変化は、感覚状態を介して、内部状態に影響を与えるので、生体にとっては感覚器官という内部状態の変化が外部環境を反映することになります。こうして、生体の反応が、外部環境に応じて反応している自分自身を通して、外部環境の状態を予測するという構図が生じます。さらに、生体は外部環境をより好ましいものにするために活動状態を変化させますが、これも自分自身が活動することによってなされます。活動の結果、外部環境に変化が生じますが、その情報のフィードバックは感覚状態の変化を介してなされます。こうして、感覚状態がより生体にとって好ましいものへと変化することが、生体が生存のために目指すものであることが導き出されます。

ここまでをまとめると、感覚状態を介して変化した内部状態は外部環境の状態を反映しており、これは外部環境はこのような状態であるという仮説であると定義することができます。つぎに、新たな外部環境の変化は、生体に感覚状態を形成しますが、これは感覚器官の元の状態と差分で表されるため、生体が有している仮説と新たな情報の差=サプライズと見做すことができます。この感覚状態の変化に影響を受けて、生体は適応するための化学反応を変化させるのですが、この変化が完了した状態は、この新たな外部環境を反映したものになるため、この適応反応は仮説の更新=ダイバージェンスと見做すことができます。こうして、外部環境の変化に対する生体の適応反応は、サプライズ+ダイバージェンス(=自由エネルギー)の最小化の過程と見做すことができるのです。

王道アプローチによって、知覚や行動・情動などの心の働きを説明できる情報理論である自由エネルギー原理が、生体が生き残るための適応を説明していることが証明されるのです。

脳の情報処理は、生体の生き残りの原理の発展の形なのです。脳が、自由エネルギー原理に基づいて情報処理をして、我々の心が動くことと、生き残るための生体の反応が同一であることが証明されています。

5)感情とは何か?

ⅰ)気分とは何か?
脳は予測する臓器であるという理解をもとに、感情(情動)とは何かを明らかにしているのが、構成主義的情動理論です。構成主義的情動理論は、ハーバード大学の法・脳・行動研究センターでCSO(最高科学責任者)を務めるLisa Feldman Barrettらによって展開されています。

構成主義的情動理論は、脳が適応行動を実現するために、身体の各臓器の働きを調整していることに注目しています。身体は、いくつもの臓器からなり、40兆個の細胞がそれぞれに生命活動としての化学反応を連鎖させています。化学反応は、エネルギー的な制約もとで実現するので、身体は臓器間のエネルギー予算の調整を行わなければなりません。

脳は、適応行動を実現するために、この臓器のエネルギー調整の司令塔としての役割を果たしています。この機能を主に担っているのが、自律神経系と内分泌系(ホルモン)です。
例えば、危険が迫っていて逃げるか闘うかしないといけないという状況になると、脳は交感神経を優位にし、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)の分泌を増加します。交感神経によって心拍数は上昇し、呼吸数は増加する一方で、消化器系の働きは抑えられます。また、ACTHが副腎皮質に作用し、コルチゾールが分泌されると、肝臓からの糖新生による血糖(エネルギー源)の補給を助け、血圧の維持と心拍数の上昇にも寄与し、身体は来る危険に適応する準備を整えます。

このような自律神経系と内分泌系は、身体の内部の感覚をつくり出します。これを内需要感覚といいますが、この内需要感覚が、心理に対しては「気分」を構成することが知られています。気分は、主に快・不快と覚醒の高低の二軸によって表されます。「人との繋がりに対する快感(オキシトシン)」、「落ち着いた安心感(セロトニン)」、「報酬への期待からくる快感(ドーパミン)」など感情より原始的な感覚にことを気分と理解していただければと思います。

このように気分は、生体に生まれつき備わっているエネルギー予算の調整によって生涯にわたってつくり出されている単純な感情であることが明らかとなっています。

ⅱ)感情は後天的に獲得するもの
一方で、その分化した感情は、人間が生まれつき持っているわけでないことが明らかになっています。それは、個々人が経験と学習によって獲得するものなのです。
脳は、気分の変化と置かれている文脈(今どんな外部環境にいて、どのような行動を起こすべきなのか?)と統合するために、言葉(概念)を用いています。言葉とは、同じ特徴量を有する二つ以上のものを「その言葉によって同じもの」にするという働きを持っています。例えば、2種類のペンがあるとします。その二つは、色も材質も重さも大きさも異なっていますが、ペンであるということができます。ペンを取って欲しい時に、ペンという言葉を使わずに、お願いすることを想像してください。かなり不便であると思います。ペンという言葉があることで、情報を節約できることに言葉の意義があります。

脳は、気分の変化と文脈を統合し、さらに採るべき適応反応を推測します。この時に、言葉を活用します。今は、身体は疲れているけど大事なことだから頑張らないといけないと脳が推測するならば、「よしやってやろう!」という感情を脳は推測します。こうして、選択された感情が、私たちが普段感じている感情なのです。
しかし、ここで重要なのは、言葉は生まれつき知っているものではなく、学習するものであるということです。例えば、志という言葉を学習しなければ、脳は自分が志という感情を有するべきであると予測することができません。志という感情の中身は、その人の脳が志という言葉についてどれほどの情報量を持っているかによって深みが変わってきます。そのため、私たちは、さまざまな経験と学習を積み重ねることによって感情を深め、人格を変化・成長させることができるのです。

「気分」×「概念」=「感情」という理解は、私たちの心の理解をこれまでにない解像度にまで高めてくれます。

6)すべての神経回路は自由エネルギー原理に従っている

脳神経科学研究センターの磯村拓哉ユニットリーダーらの国際共同研究グループは、どのような神経回路も「自由エネルギー原理」に従っており、潜在的に統計的な推論を行っていることを数理解析により明らかにしました。

理化学研究所は、実際の脳に流れる電気的な状態のパターンを描出する数式が自由エネルギー原理によって導かれる数式と数学的に同等であることを明らかにしました。
冒頭で記載したように、脳は850億個もの神経細胞がそれぞれに1万個のシナプスで他の神経細胞と繋がった巨大な神経回路です。
この神経回路に電気が流れることで情報処理が行われ、心が動いています。これらの神経回路が、実際に「自由エネルギー原理」に従って動いていることが明らかになったのです。

弊社 Lyaounovは、この史上初の「脳と心の統一理論」である「自由エネルギー原理」
に基づいて、一人一人の心の動きを分析し、描き出すスキームを開発いたしました。心の成長アセスメントと題したこのスキームによって、教育現場、社会のあらゆる局面にお役立ちできることを目指してまいります。

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